本業は編集者、ディレクター。でも、実はシブヤ大学恵比寿キャンパス校長や、恵比寿のアートイベント発起人など、いろいろしてます。そんな小倉若葉(おぐらなおよ)の日常を綴っています。子育ても満喫中。
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徳島の空の下から

震災直後は、平常心でいつもどおりの生活をするように心がけようと自分自身に
言い聞かせていましたが、実は1週間と少し前から徳島県の実家に来ています。


2歳の息子は20年経っても、まだ22歳。

それを考えたら、少しでも安全な場所へ彼を連れて行きたかったし、
放射能云々の心配をせずに、外で思い切り遊ばせてやりたかった。

「あのとき、心配しすぎちゃったね」って、あとで笑う分にはいくらでも笑えばいいと思い、
思い切ってしばらく拠点を移すことにしました。



とはいえ、もちろん仕事は進めなくちゃなりません。

だから、PCにスキャナー、プリンタも持参してます。

それでも、人と会わなければ進まない仕事はあるので、
ほとんど毎週、東京に飛行機で通勤です。

時間もお金もかかるけれど、息子の安全が優先なので、仕方がありません。



今週も1泊2日で東京にひとりで戻ったら、水騒ぎ……。

新聞上に無機質に増えつづける死亡者数と行方不明者数……。

毎日、胸がつぶれそうなことばかり。



でも、徳島の空の下にいると、やっぱり東京は遠くて、東北はそれよりはるかに遠い。

ここには水もたっぷりあるし(2リットルのペットボトルは被災地に優先して送られているようで
手に入りませんが)、スーパーには地元で採れた牛乳も魚もたくさん並んでいます。

西日本には、まだ確かに存在する3月11日以前の日常を、
若干の罪悪感とともに味わいながら、私に何ができるだろうと自問する日々です。





本日、フリーランス編集者の米田智彦さんの発案で、
YELL ART Projectのオープンミーティングが恵比寿で行われました。

私は残念ながらUstでの視聴となりましたが、「何かしたい!」と集まったクリエイターたちの
熱い思いに胸を打たれました。


正直、今の私にできることは非常に限られているんですが、
あせらず、慌てず、でもできることは何か常に頭をめぐらせながら、
明日も笑顔で過ごしたいと思います。
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by hanaoui | 2011-03-27 00:17 | diary
今できることを、淡々と。


今、私にできること。


笑顔と明るさとユーモアを絶やさずに、今、できることを淡々とこなす。

何度でも息子を抱きしめる。

被災地へ、福島の原発へ、
また被災地に家族を探しに向かっている友人へ
祈りを送る。

寄付をする、仙台の友人へ見舞金を送る。



不安に慄いていても、何も変わらない。

ならば、すべての人が日常を取り戻せるよう、
希望をもって、今できることを淡々と重ねようと思うのです。



地震が発生しても、暴動も起こらず、互いの安否を気遣い、助け合おうとする
日本人を誇りに思いながら。

◆勇気と元気がもらえるツイート集

◆クリエイターたちによる、節電を呼び掛けるポスター





PS.
おかげさまで、家族&スタッフともにみんな元気です!

事務所はフレーム、時計が落ちた程度、
築40年を超えた自宅マンションは、
壁や天井に亀裂が入る、風呂のドアの建てつけが悪くなる、
本の散乱、皿破損多数ありましたが、大したことはありません。
(大家さんにとっては大ごとかもしれませんが……)

セントラル給湯式のため、ガス、水がしばらく止まったので
少し不便を強いられた程度で済みました。

地震のあった夜、帰宅できずにわが家に宿泊したスタッフ2名+高校時代の友人Kも
すでに帰宅しました。


地震当時は、スタッフとともに渋谷駅ホームにいたのですが、
「これは電車も道路も大変なことになる!」と思い、
いち早く外へ飛び出してタクシーをつかまえ
恵比寿に向かったため、チビすけもまもなく確保できました。

保育園で怯えているかな? と心配したけれど、
先週末にたまたま消防署で地震車に乗せてもらい、
震度7を体験していたせいか、
先生に「Kちゃんは泣かなかったんですよ」と、ほめられました。


それにしても、私にとっては保育園に迎えに行ったときの光景が
いちばん強烈でした!!

子どもたちは全員防災頭巾をかぶり、足には避難用の靴、
先生だけでなく用務員さんまでも、子どもたちを
前に背中に抱えていました。

ちょうどお昼寝明けだったこともあり、
ふとんの真ん中で1つにかたまっていました。

泣き叫んでいる子もいます。

先生は、泣いている子を抱きしめながら、
「大丈夫、大丈夫」と繰り返していました。


最初に駆け付けた保護者が、たまたま私だったようで、
顔を見るなり、「よかったー、ひとりでも迎えに来てくれて」と
目に涙を浮かべる先生も。

「どんなことがあっても、子どもたちを守らなければ」という
先生たちの緊張が痛いくらい伝わってきました。


これは、余震が起こったときに撮影した写真。

大きな揺れに、子どもたちはみんなふとんをかぶせられています。
c0073025_1443488.jpg


こんなときに撮影するなんて不謹慎、という声もあるかもしれませんが、
居合わせた者としては、撮って伝えずにはいられませんでした。


私たち働く母は、昼間は子どもと離れ離れに過ごすことを余儀なくされています。

私の場合、今回はたまたま近くにいたけれど、遠くに出かけることも少なくありません。

すぐに迎えに行きたくても、物理的に行けないことだってあるのです。

事実、仕事先から長い距離を時間をかけて、徒歩で帰宅した友人もいました。
(なかには二人目がおなかにいる妊婦さんも!)



きっと今回の地震で、親御さんたちはお子さんの顔を見るまで、
胸がつぶれるほど心配したことでしょう。

でも、保育園や幼稚園、学校の先生は、
体を張って子どもたちを守ってくださっています。

自身に、小さいお子さんがいらっしゃる先生も少なくありません。

かつて公立保育園の園長をしていたことのある母は、
「災害時は、最後のひとりが親元に帰るまで、
保育園に残ることになっていた」と言います。


そんな先生たちを信頼しながら、感謝しながら、
また明日から元気に働くことにしましょう。

経済活動を止めてはいけません。
経済を循環させて、被災地にお金を届けましょう。

それが、明日の日本の力になると信じて!
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by hanaoui | 2011-03-13 14:31 | diary
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