本業は編集者、ディレクター。でも、実はシブヤ大学恵比寿キャンパス校長や、恵比寿のアートイベント発起人など、いろいろしてます。そんな小倉若葉(おぐらなおよ)の日常を綴っています。子育ても満喫中。
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青い春
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もう冬が来ているのに、なんでタイトルが春なの!?
って思われたかもしれませんね。

昨日、冷たい雨が降りしきるなか、神奈川県平塚市まで行ってきました。
学生時代にお世話になったアルバイト先の経営者が、先月亡くなったという報せを受けたからです。

小田急線海老名駅に集合したのは、某県立高校出身の7名。
私ひとり後輩で、あとは全員1学年上の先輩たち。
2台の車に分乗し、亡くなった経営者宅へ向かいました。

みんなで記憶をたぐり、やっとこたどり着いた塾頭の家。
そう、私は大学1年から4年になるまでの3年間、伊勢原市にあったとある小さな学習塾で塾の講師をしていたのです。
きかっけは、大学に受かったばかりの頃、部活が一緒だった先輩に誘われたから。
(幸い、中学までの基礎学力はあったのです)

その塾を経営していたのが、「塾頭」でした。
(みんななぜか「塾長」ではなく、「塾頭」と呼んでいました)

伊勢原市は中学が4つしかなくて、生徒はごく普通の田舎の中学生だったり、ヤンキーだったりして、たまには手を焼くこともあったんですが、毎回行くのが楽しみなバイトでした。
当時、考えられないくらい時給もよかったし。
そして、塾頭の長い長いおしゃべり……。

授業が21時に終わっても、話につきあっていたら22時過ぎちゃうことなんてザラ。
でも、みんなでよくご飯をごちそうになり、子どもや犬や奥さんや仕事の話を聞いたものです。

塾頭の奥さんは、目に涙を浮かべて私たちの訪問を喜んでくれました。
塾頭が病気だったことも、亡くなったことも、お通夜もお葬式も知らずにごめんなさい。
そして何より、あの頃のことをちっとも思い出さずに日々を生きていてごめんなさい。

奥さんの話では、アルバイトに来ていた私たちのことを、塾頭はいつも誇りにしていてくれたそうです。
塾経営をやめてしまってからもずっと……。
「小倉さんのことも、よく話していましたよ。今は出版関係の仕事をしているんでしょう?」

塾頭ったら、どうしてそんなこと知ってるんだろう。
私は自分が大学を卒業した後の塾頭のことを、ちっとも知らないのに……。
知っていたのは、数年前、塾を人に譲ってしまったことくらい。

お線香をあげたあと、先輩たちと昔話をしていたら、過去の記憶が鮮やかに蘇ってきました。
みんなでテニス大会をしたこと。
早稲田の学生だったO先生と、津田塾に通ってたS先生が、そのときつきあってることがわかって、みんなでビックリしたこと。
でも、そのあとO先生はすぐにフラれちゃって、飲み会をするたびに泣いてたこと。

伊勢原にある小料理屋の大広間で、みんなでお膳を囲んだこと(もちろん塾頭のおごりで)。
半年に一度くらいあった「教師会」のあとは、必ずみんなで朝まで飲んだこと。
ある時期、私はみんなから「王子さま」と呼ばれていた先生に、車で自宅まで送ってもらっていたこと。
でも、車の中での話題は、もっぱら「王子さま」のカノジョ自慢だったこと……。

大学卒業後、一度だけ丹沢でバーベキューをしたこと。
ああ、だから塾頭は、私のその後の進路を知っていたんだ。
私はバーベキューしたことなんて、すっかり忘れていたのに。

そして、生徒たちのこと!
もう10ウン年ぶりに、名前と顔を一度に思い出しました。
ああ、せっかく高校に受かったのに、バイク事故で死んじゃった子がいたんだよな。
あの子たちは兄弟で通っていたな。
あの子はすごく山の中に住んでて、雨が降った日、一度家まで車で送ってあげたな。
女の子ですごくおませでおしゃべりな子がいたな……。

話に花が咲いて、思ったよりもずっと長い時間、塾頭の遺影の前で、私たちは語り合ったのでした。
お酒なんて一滴も入ってないのに、まるで昔に戻ったみたいに。

そうこうするうちに、塾頭の奥さんが生徒の一人に電話をしてくれて、私たちの目の前に大人になった生徒が!!
生徒ったって、もう30歳。
飽きれるくらい立派なおっさんになってました(笑)。


塾頭のおかげで、いろんな懐かしい顔に会い、青臭かったころの話をし、私たちはまたそれぞれに現実に戻っていきました。

人は灰になった後も、生きている人たちに素敵なプレゼントができるのね。
天国にいる塾頭から、大きな大きな、そして何かとても大切な贈り物をもらった気がしたのでした。

たとえ生きているうちにもう二度と会えなくても、私に影響を与えた大切な人たちのことは、心に刻んだまま生きていこう。
一緒に過ごした時間や存在を忘れてしまうことは、その人が今、生きていたとしても、この世に存在しなくなってしまうのと同じことだから。
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by hanaoui | 2006-11-20 22:18 | diary
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