本業は編集者、ディレクター。でも、実はシブヤ大学恵比寿キャンパス校長や、恵比寿のアートイベント発起人など、いろいろしてます。そんな小倉若葉(おぐらなおよ)の日常を綴っています。子育ても満喫中。
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私たちは、生きている


世の中、ものすごい不景気で大変なことになってるみたいですね。

なーんて、人ごとみたいなのは、うちの会社は儲かってるから!
……ではもちろんありません。

授乳中あまりにヒマなんでよくテレビをつけるんですが、
そのたびにタレントやら文化人もどきのコメンテイターやらが、
「不景気」「大変な時代」と声高らかに言っているから。


でも、ホントにそんなに大ごとなんでしょうか??

確かに世の中全体で見たら、ものは売れないし、仕事は減るかもしれないけど、
逆に考えればその分時間はできるわけで、
家族とゆっくり過ごしたり、前々から興味のある新しいことをインプットする
チャンスでもあるって思うんです。



どうでもいい話ですが、テレビって
朝から晩までくだらない番組をたれ流し過ぎですね。

その質の低さに、今さらながら驚き飽きれています。

テレビ離れが進むわけです。


でも、これも不景気と同じで、逆に考えればいいことですよね?

テレビって基本的にはあとになーんにも残らない時間泥棒だから。


ついでにこの国の首相の教養の低さにも、開いた口がふさがりません。

でも、これも逆に考えれば、首相自ら自民党政権にトドメを刺してるともいえるので
いいことなのかもしれません(笑)。




さて、話は戻ります。

ひどい世の中、大変な世の中っていうけど、私はそんなことないって思ってます。

だってどんなことがあっても、私は自分とチビすけの食い扶持は確保できる
って思っているから。

それに今の日本は、基本的にはとても平和だから。



妊娠中、私の興味の矢印は、なぜか世の中のことに向かってました。

それは、経済だったり、政治だったり、地球環境だったり。

そのひとつに、「戦争」があります。



ウェブや本でいろんな記述や文献に触れるなかで見つけたのが、
1970年に発表された須田卓雄さんの詩です。

ここにご紹介します。



 * * *


花があったら



昭和二十年三月十日の(東京)大空襲から三日目か、四日目であったか、
私の脳裏に鮮明に残っている一つの情景がある。

 

永代橋から深川木場方面の死体取り片付け作業に従事していた私は、
無数とも思われる程の遺体に慣れて、一遺体ごとに手を合わせるものの、

初めに感じていた異臭にも、焼けただれた皮膚の無惨さにも、
さして驚くこともなくなっていた。


午後も夕方近く、路地と見られる所で発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。



頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことはいずれとも変りはなかったが、

倒壊物の下敷きになった方の他はうつ伏せか、横かがみ、仰向きがすべてであったのに、
その遺体のみは、地面に顔をつけてうずくまっていた。


着衣から女性と見分けられたが、なぜこうした形で死んだのか。



その人は赤ちゃんを抱えていた。
さらに、その下には大きな穴が掘られていた。


母と思われる人の十本の指には血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。



どこからか来て、もはやと覚悟して、指で固い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、

その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の生命を守ろうとしたのであろう。



赤ちゃんの着物はすこしも焼けていなかった。
小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。

だが、煙のためかその赤ちゃんもすでに息をしていなかった。



わたしの周囲には十人余りの友人がいたが、だれも無言であった。
どの顔も涙で汚れゆがんでいた。



一人がそっとその場をはなれ、
地面にはう破裂した水道管からちょろちょろこぼれるような水で手ぬぐいをぬらしてきて、

母親の黒ずんだ顔を丁寧にふいた。

若い顔がそこに現れた。

ひどい火傷を負いながらも、息の出来ない煙に巻かれながらも、

苦痛の表情は見られなかった。


これは、いったいなぜだろう。美しい顔であった。
人間の愛を表現する顔であったのか。



だれかがいった。



「花があったらなあ――」

あたりは、はるか彼方まで、焼け野原が続いていた。


私たちは、数え十九才の学徒兵であった。




 * * *


初めてこの詩を読んだたとき、激しく心を揺さぶられると同時に、
30年も前にたった1度だけ観た映画のワンシーンが、突然フラッシュバックしました。


それは、東京大空襲をテーマにした人形劇でした。

私が観たのは、小学1、2年生の頃だったのではないでしょうか。

映画の終盤、空襲に遭い、猛火に取り囲まれたお母さんが地面に穴を掘り、
その中に赤ちゃんを入れて自らでふたをするというシーンがあったのです。


それは、子ども心に鮮烈に焼き付いたのでしょう。

すっかり忘れていたはずなのに、降って湧いたように思い出したのです。



映画について、ネットで調べたらすぐに見つかりました。

タイトルは
『猫は生きている』


原作も購入しました。

きらきらと太陽の光がまぶしい午前中、
寝ているチビすけを首からぶら下げたまま読んだら、涙が止まりませんでした。

ちなみに『猫は生きている』は、須田さんの「花があったら」を元に
書かれたそうです。



地球上には戦争をしている国や地域もあるけれど、
幸いにも私は戦争を永久に放棄するはずの国に生まれ、生きている。

だから、火の中をチビすけを背負って逃げ惑うこともないし、
チビすけだけは何とか助けようと、硬い地面を掘らなくてもいい。

食べるものも、住む場所もある。



景気が悪いなんて、実はそんなに大したことじゃないんじゃない?

経済が破綻しようと、しまいと、
身の丈に合った、地に足のついた暮らしをすればいいだけ。

守りたくても守れない命があった時代を思えば、
経済的苦境なんてきっとなんとかできる。


だって、私たちは生きているんですから!




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この2冊の本のタイトルがいずれも「生きている」なのは、本当に偶然。

藤原ていさんの『流れる星は生きている』は、
女ひとりで乳飲み子を含む3人の子どもを連れて
満州からの引き上げの様子を描いた壮絶なノンフィクション。

母の愛とは、かくも深いのだということを思い知ります。

どちらも一読の価値があるおすすめの書です。

戦争はとても重たいテーマですが、
大人は決して見ないふり、知らないふりをしてはいけないと
母になり、ますます強く思う今日このごろです。
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by hanaoui | 2008-11-22 17:09 | diary
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